日々の活動をつづった日記です。随時更新中!
君が代不起立によって、現在停職6ヶ月の処分を受けている東京都の養護学校教員・河原井純子さんを迎えてお話を伺いました。
知的障害をもつ子どもたちが、性をめぐる問題の被害者にも加害者にもならないために、どうすればわかりやすく性を伝えられるだろう、と河原井さんたちが保護者とともに取り組んできた七生養護学校での性教育が、センセーショナルなバッシングのターゲットにされたのが2003年のこと。
そして、同年10月23日の東京都の出した10・23通達以後、教員の「君が代・不起立」への厳しい処分が続いています(東京地裁では違法という判決が出たのに!)。
「納得のいかないことには、NOと言っていいんだよ」「男らしく、女らしくではなく、自分らしく生きていいんだよ」ということを、子どもたちにちゃんと伝えたいと教育現場で取り組んできた河原井さんにとって、納得のいかない命令に不服従の姿勢を貫くことは、教育労働者としての根幹に関わる問題なのです。
彼女はさりげない日常に忍び込んでくるファシズムの気配に初めにNOと言わなければ、それはいつか社会を蔽いつくしてしまう・・・という「茶色の朝」というフランスの寓話を紹介し、茶色の朝にしないために、自分たちが今できることをやらなければ、と語りました。
わずか40秒か、45秒、黙って座っていただけ・・・合計でわずか5分足らずの不服従に対して、重い処分を課す・・・この国は何とひどいことになっていることか!
絶望して投げ出したくなるような状況の中で、なぜあんなにもしなやかに、そして毅然としていられるのか・・・。
河原井さんはこう語りました。
「がんばらない」でも「あきらめない」
「楽しみたい」「つながりたい」
がんばりすぎてポキンと折れてしまうよりも、あきらめずしなやかに抵抗を続ける。
その過程で多くの人々との出会いを楽しみ、つながって、悔いのない自分らしい人生を生きる・・・そうか、それならもしかしたら私にも少しはできるかもしれない・・・。しなやかに抵抗を続けるための勇気をいただきました。
6月議会最終日。
県立中高一貫校の高瀬のぞみが丘中学を廃止する条例改正案に反対討論をしました。
(「議会での質問・討論」のページにまもなくアップ予定)
2億円近くかけて開校した学校なのに、定員割れして回復の見込みがないからと、簡単にあきらめてたった6年で廃止を決めるなんて、あまりにも無責任!
これじゃあ子どもたちに、何事にもあきらめずに取り組みなさい、なんてお説教する資格はありません。
例えば、少人数で、子どもたち自身の学ぶ意欲を引き出すことで注目されているフィンランドの教育のあり方を研究し、それを取り入れた取り組みをするなどすれば、きっと入学者も増えるのでは?
あるいは、障害のある子もない子もともに学べる「インクルージョン(包み込む)教育」のモデル校にしては?
そして、その成果を県内すべての子どもたちの教育に生かせば、心やさしい、自ら学ぶ意欲をもった子どもたちが育っていくはず。
議会がこの条例を否決すれば、廃止の方針を見直させることができるのに、知事や教育委員会が決めたからと、あきらめてしまうのでは、議会として子どもたちへの責任が果たせない!と訴えましたが、自民党、公明党、民主党の議員たちの賛成で廃止条例は可決されてしまいました。
11日の一般質問(「議会での質問・討論」のページにまもなくアップ予定)・・・内海ダム問題、「君が代」問題などヤジがひどくて、今回こそ冷静にと思っていたのに、やっぱり例によってカッカしてしまいました。
ちょうど学生さんたちが傍聴に来ていましたが、彼らの目にはいったいどんな風に映ったのかなあ・・・。
「少数派が色々言っても、結局は多数派に負けるんだ、ムキになってたたかうって、かっこ悪い!」なんてメッセージしか送れなかったのだとしたら、くやしいなあ。
私はかっこよく、願わくば涼やかに闘いたいのだけど(かっこうつけるばかりじゃダメでしょうけれど、かっこ悪いとみんなが引いてしまうと思うので)、いつもかっこ悪くあがいてしまうのです。
週末、早朝から香川町、香南町の団地のポスティングをしました。
最初は元気よくドンドン配っていたのですが、そのうちだんだん疲れてヨレヨレに。
でも、よくしたもので、そんなときにお会いした女性が「読んでるよ」と励ましてくれたり、今の政治について、ひとしきり話がはずんだ後、「これあげるわ。持っていきまい」と可愛い小さなお花の咲いた鉢植えを下さるおじさんもいたりして、疲れも吹っ飛び、勇気百倍でした!
思えば、議会でのクヤシイ体験とこんな元気百倍体験を繰り返しながら、13年も続けてきたのでした・・・。
7月4日(金)は、高松空襲跡を歩く会、7月5日(土)は、伊勢崎賢治さんの講演会(高松市平和記念室主催)と、平和について考える催しが続きました。
伊勢崎さんの話は、大量虐殺の現場、紛争の現場で平和を考えるという、大変刺激的なものでした。
自らを紛争屋と呼び、武装解除の現場で働いた経験から、大量虐殺を防ぐために必要な武力介入はありうるということ、また、紛争を解決するために、ときに戦争犯罪者とも取引しなければならないこともある、ということを語りました。
戦争を始めると終わらせるのはとても難しい・・・だから、戦争を始めてはいけないのだ、とも。
また、アフガンの北部同盟の軍閥の武装解除を、アメリカは武力を背景にやろうとしたが、そんなアメリカにはできないことが「国連よりも中立に見える日本」だからこそできた・・・、それも、完全非武装を体現した丸腰で交渉に当たったこと・・・ただし、現実にはアフガンで武装解除により回収された武器は、そのままアメリカの傀儡政権の国軍の武器とされ、アフガンの人々に平和をもたらすという結果にはなっていないこと。
ちょっと偽悪家ぶった語り口の端々に、アメリカの思惑に翻弄される日本外交への皮肉もちりばめながらのお話でしたが、年配の方が多かった参加者にどの程度、その皮肉が通じたかはちょっと心配な感じもありました。
アメリカの思惑に振り回されての武装解除の裏側の事情を聞くと大変悩ましいところですが、もし、国連が本来の中立的な機関として機能したとき、9条をもつ日本が完全非武装で紛争解決に役割を果たすことは可能ではないか、と感じました。
「軍隊は出さないけれど、日本は丸腰で武装解除の役目を果たすよ」というのもありではないかと。
紛争当事者としてこれまで武力行使をしたことのない日本だからこそそれは可能なのであり、アメリカとともに軍事力行使をするようになれば、その役目も果たせなくなることでしょう。
自衛隊の海外派兵について、彼の指摘は、「アフガニスタン洋上給油やイラクへの自衛隊派兵は、日本が加盟してもいない軍事同盟の自衛戦(NATO条約第5条にもとづく)に参加してしているのであり、法的根拠はない。武器の所持・不所持に関係なく大きな問題である」ととても明確でした。
会場から武力介入の事後検証の必要性などについて質問し、講演終了後にも、控え室をお訪ねして少しお話しましたが、彼が今、危機感をもっているのは、安倍新蔵首相のときに設置された首相の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」が6月24日に出した報告書のこと。
集団的自衛権の行使を求め、憲法解釈の変更を求めるその内容について、福田首相は冷たい対応だったとの報道ですが、彼によれば、油断はできない、しっかりチェックしておかねば、とのことでした。
もう一度ぜひ香川にお招きして、しっかり双方向の議論をしたいもの。
彼の刺激的な挑発(?)にのってきちんと議論できたら、私たちの平和論ももっと説得力あるものにできるのでは?と感じました。

5月1日から4日まで、ブラジルのサンパウロで開催された第2回グローバル・グリーンズ大会(世界の緑の党や運動体の大会)は、80数カ国から1000名以上が参加して無事終わりました。
今大会のメイン・テーマは、気候変動、持続可能な都市ということでした。
地域に根ざすとともに地球規模で考え、行動しよう!と世界中から集まった緑の人々が、気候変動への取り組みや持続可能な都市などについて議論しました。
5月7日夜にサンパウロ空港を出てから、高松に着くまでちょうど36時間かかり(長かった〜〜〜〜)、9日の夜帰宅しました(さすがに疲れて、ちょっと風邪気味にもなり、土日はダウンしていました・・・)。
今回は臨時議会のために私は遅れて参加したのですが、グローバル・グリーンズ・コーディネーション(グローバル・グリーンズ調整委員会:ヨーロッパ、アメリカ、アフリカ、アジア太平洋の4つの連盟・ネットワークから3名ずつが参加しています)の一員として大会実行委員にもなっていたので、5月2日の現地到着直後からてんてこまいでした(写真は実行委員会で苦労をともにしたベルギーのヨハン)。
総勢17名の日本の「みどり」の代表団は、国際会議など初めてのメンバーが多かったのですが、それぞれ大活躍。植田真紀さんもビデオ撮影係を引き受け、貴重な記録を映像に残してくれました。みんなのレポートを集めて報告集と報告DVDをつくり、その経験を多くの仲間と共有することで今後の活動のエネルギーにしようということになっています。
派遣団長・稲村和美さん(みどりのテーブル共同代表・兵庫県議)の開会式でのスピーチも国際会議が初めてとは思えない堂々たるもので、各国の参加者から大きな拍手を受けました。
日本ブースに展示した若いメンバー手づくりの原発と地震地帯マップは他国の参加者の関心を引き、最終日の全体会の場での原発に関する決議(原発を温暖化対策とすべきでないという決議)の採択にもつながる一因となりました。
その決議案は台湾グループとの共同提案となったのですが、最終案の協議と全体会での提案にも若いメンバーが活躍してくれました。
また、軍事力行使への検証の必要性に関する日本の提案も、アメリカ緑の仲間とのワークショップ共同開催を経て、「21世紀の21のポイント」という大会文書の修正という形で取り入れられました。
ただし、時間的な制約もあって議論を広く参加者と共有できなかったのがとても残念でしたが、単に参加したというだけでなく、決議案や修正案の提起という積極的な取り組みができたこと、また、他国からの参加者と共同して取り組めたことが、今回の大きな成果です。
台湾のグループとは今後G8サミットに向けて何らかの取り組みをいっしょにできないものか、相談することになっています。
今回初めてブラジルを訪問し、緑の党のサンパウロ市議アウレリオ野村議員ら、日系の緑の人たちとも交流することができました(サンパウロ市議会55人中3人が緑の党、サンパウロ州議会90人中8人が緑の党のメンバーとのこと)。
また、日本移民歴史史料館も訪ねて、長い苦難の末にブラジル社会に溶け込んで信頼を得ている日系の人たちの歴史も垣間見ました。
街を歩いて人口1500万という巨大都市サンパウロ市の活気を感じましたし、地元のサッカーチームの試合があった日には、サッカー場近くの地下鉄の駅で気勢をあげるファンたちとすごい警官隊の列、ひいきのチームの旗を掲げて走る車など見られて(ニュースによると試合後はフーリガン騒ぎもあったとか)、「やっぱり、ブラジルだあ〜〜〜」と実感しました。
人口は1億8400万人、面積は日本の22.5倍。
街はずれにはスラム街もあり、貧困や犯罪などの問題、アマゾンの熱帯雨林の乱伐や河川や池の水の汚染などの環境問題など、地球全体で起きているさまざまな問題の縮図を示しているともいえるブラジルですが、とにかく資源も自然も豊かで底知れぬパワーを秘めた国だと感じました。
会議が終わって、サンパウロから空路で1時間半くらいの「イグアスの滝」(世界遺産、世界3大滝の一つ)も訪ねました。こんな機会でもなければ、まさか一生のうちに本当に訪ねられるとは思っていませんでした。この会議のためにがんばった自分へのご褒美のつもりで計画したのですが、滝の大好きな私にとってまさに最高のご褒美でした。